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2009年3月5日木曜日

あたりまえではない事


子ども達が通っている空手道場に、とっても素敵なラテン美人がいます。姪御さんのベビーシッターとして通っていて、練習の間よく私とお喋りしてくれる、明るくて気さくな人です。
 初めて会ったときには妊娠8ヶ月、そんなお腹に赤ちゃんがいるなんて信じられないくらいお洒落で、魅力的な人でした。
そして、お腹の赤ちゃんは男の子と、とっても嬉しそうに語ってくれていました。

 今年の一月、彼女は颯爽と車に乗り込みながら、「来週が予定日なのよ!」と。私は「今度会う時がまちきれないわ」そんな言葉を交わして別れました。

 今日、久しぶりに道場で彼女を見かけましたが、赤ちゃんと一緒ではありません。私はてっきり赤ちゃんをお家に置いてベビーシッターに来ていると思い「あなたの赤ちゃんはどこ?」と聞きました。彼女は携帯メールの手を止めて、深いため息をついたあと、生まれて4日の命だった事をおしえてくれました。私は言葉を失い、彼女を抱きしめることしかできませんでした。

 18年前の夏、私たち夫婦は大切な友達を事故で失いました。それ以来私は、あたりまえの事が全然あたりまえではないと、いつも感じるようになったのです。「いってきます」と言って家をでた家族が、「ただいま」と帰ってくる事のありがたさを感じない日はありません。
 友人は、我が家の食卓のそばでいつも見守ってくれています。写真の彼はいつまでも若いままです。
毎朝、私は彼にお水を供えて家族の一日の無事を祈ります。無宗教の我が家ですが、どうしてもやめられない日課になりました.
 

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